大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)198号 判決

主文

一  被告は、本判決が確定した時から五年間、三鷹市において行われる三鷹市議会議員選挙において、候補者となり、又は候補者であることができない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、検察官である原告が、平成七年四月二三日施行の三鷹市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補して当選した後に同議会議員を辞職した被告に対し、被告の妻で、被告と意思を通じて選挙運動をした甲野花子(以下「花子」という。)が公職選挙法二五一条の二第一項四号、二二一条一項一号所定等の選挙犯罪を犯し、禁錮以上の刑に処せられたと主張して、同法二一一条一項に基づき、立候補の禁止等を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1 被告は、昭和六〇年から三鷹市役所に事務職員として勤務していたが、平成七年二月中旬ころ、三鷹市の助役や知り合いの市議会議員から、花子の実家のある同市中原地区を地盤として本件選挙に立候補することを勧められて、その意思を固め、これを花子や同人の父乙山松夫、被告の父甲野松太郎らに打ち明けたところ、同月末ころまでの間にその協力が得られることになり、さらに、同年三月五日、中原地区の推薦候補者を選考していた自由民主党中原支部、中嶋神社氏子会、中仙川職人睦会、交通安全協会中原支部等一〇団体の連絡会である中原地区懇談会から推薦を受けることができ、支援を得られることになったことなどから、同月七日、三鷹市役所を退職して本格的に選挙運動の準備活動に入った。そして、本件選挙に立候補して当選し、同年四月二四日、三鷹市選挙管理委員会からその告示がなされたが、後記の選挙犯罪により花子らが逮捕されたことから、同年五月二三日、三鷹市議会議員を辞職した。

2 花子は、前記のとおり、被告から本件選挙に立候補したいと打ち明けられて、当初は反対したが、間もなく被告の当選に向けて協力することを了承し、そのころ、被告から任されて選挙資金の管理を始めたほか、被告と相談したうえ、多数の選挙人に向けて被告の顔写真、政策等を登載したリーフレット、後援会入会申込書等を郵送することを計画し、同年三月一日には、印刷業者に右リーフレットの印刷を注文し、同月二日、写真スタジオで右リーフレットに登載する被告の顔写真を撮影するのに立ち会い、同月四日、右リーフレットや後援会入会申込書を郵送するための選挙用名簿の作成等に使用するパーソナル・コンピュータを購入し、同月九日ころから、アルバイトを使って、自宅の一室で既存の校友会名簿、電話帳、自治会名簿等から住所、氏名、電話番号等を抽出して右選挙用名簿の作成作業をするなどして、精力的に選挙運動の準備活動を行った。また、花子は、それまで杏林大学医学部附属病院に入院中の被告の祖母甲野マツの付添いをしていたが、そのころ、付添いを離れて選挙運動の準備に専念する旨を被告に申し出て、その了解を得た。

3 花子は、乙山松夫と共謀のうえ、本件選挙に際し、被告に当選を得させる目的をもって、被告の立候補届出前である同年三月一三日、前後九回にわたり、選挙人である丙川春夫ほか八名に対し、被告のための投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることを依頼し、その報酬等として現金一〇万円をそれぞれ供与する旨の申込みをするとともに、立候補届出前の選挙運動をして、公職選挙法二二一条一項一号及び二三九条一項一号、一二九条の罪を犯し(以下「本件選挙犯罪」という。)、同年七月一〇日、東京地方裁判所八王子支部において、右の罪により、懲役一年(執行猶予四年)の刑に処する旨の判決を受け、右判決は同月二五日確定した。

二  争点

本件の争点は、本件選挙犯罪により右の刑に処せられた花子が、右犯罪の犯行時において、公職選挙法二五一条の二第一項四号に規定する「公職の候補者となろうとする者と意思を通じて選挙運動をしたもの」といえるかどうかである。

1 右争点についての原告の主張は、次のとおりである。

公職選挙法二五一条の二第一項四号に規定する「意思を通じて」とは、個々の選挙運動をするについてその都度公職の候補者等と意思の連絡のある場合だけでなく、包括的に選挙運動をすることについて意思の連絡のある場合も含まれ、また、明示の意思の連絡のほか、黙示の意思の連絡も含まれるものと解すべきところ、花子は、前記当事者間に争いのない事実2に記載の経緯により、選挙運動の準備行為中において、将来選挙運動をすることについて包括的に被告と意思を通じたうえ、さらに、被告とともに、平成七年三月一一日、中嶋神社社務所で開催された中原地区懇談会の会合に出席して、同会合に出席していた約三〇ないし四〇名の選挙人に対し、本件選挙の際の被告への投票及び投票の取りまとめを依頼し、同月七日ころから同月一一日ころまでの間に、選挙人である花子の親戚の家五軒を戸別訪問し、また、同月一二日、選挙運動のために雇った丁原夏夫の運転する自動車で、選挙人である市役所職員や知人の家約一〇軒を戸別訪問して、それぞれ三鷹市役所退職の挨拶の名目で、本件選挙の際の被告への投票及び投票取りまとめを依頼するなどして、その都度被告と意思を通じて、右各選挙運動をしたものである。

被告は、公職選挙法二五一条の二第一項四号に規定する「選挙運動」は、同項所定の選挙犯罪前に行われたものをいうものであると主張するが、右選挙運動は必ずしも選挙犯罪前に行われなければならないものではなく、選挙犯罪と同じ機会に行われるものも含まれる。花子が本件選挙犯罪前に被告と意思を通じて選挙運動をしたことは右に述べたとおりであるが、当事者間に争いがない本件選挙犯罪だけをみても、右選挙犯罪は、時と場所を異にして九回行われ、各回ごとに投票等の依頼と現金の供与の申込みをしており、これらはそれぞれ別罪を構成するものであるから、一回目の投票等の依頼の選挙運動が行われた後の選挙犯罪は、いずれも花子による選挙運動の後に行われたものというべきである。

2 右争点に関する被告の主張は、次のとおりである。

公職選挙法二五一条の二第一項は、同項に規定する選挙犯罪の前に、その犯罪を犯した者が公職の候補者等と意思を通じて選挙運動を行った場合に適用されるものであることは、その規定の文言上明らかである。そして、意思を通じて選挙運動をしたものというためには、現実の個々具体的な選挙運動について意思の連絡が必要であり、将来の抽象的な選挙運動についての包括的な意思の連絡では足りない。被告からみれば、花子が現実にどのような選挙運動をするかについて個々具体的に花子との間で意思の連絡のあることが必要であるが、花子との間には、選挙運動の準備行為をすること及び将来後援会入会申込書の発送等の選挙運動をすることについての意思の連絡はあったものの、それ以上に具体的にどのような選挙運動をするかについて意思の連絡はなく、被告は、花子が本件選挙犯罪にかかわる選挙運動をすることも知らなかった。

花子は、平成七年三月一一日、中嶋神社社務所における中原地区懇談会の会合に被告とともに出席し、出席者に対して茶菓子を提供して接待をし、さらに、同月一二日、被告が市役所職員や知人の家を訪問した際に同行して、そのうちの戊田秋夫と甲田冬子には直接会って挨拶をしているが、花子の右行為は、被告が、中原地区懇談会の会合の出席者に対して、被告を推薦候補者とするよう要請し、市役所職員等に対して、社会的儀礼としての退職の挨拶をしたのに応じて、その範囲内で接待や挨拶をしたものにすぎないから、いずれも選挙運動には当たらない。

したがって、花子については、公職選挙法二五一条の二第一項四号に規定する「公職の候補者等と意思を通じて選挙運動をしたもの」との要件を欠くものである。

三  証拠《略》

第三  争点に対する判断

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 被告と花子は、平成七年三月一一日、推薦候補者の紹介と挨拶を目的として招集された中嶋神社社務所における中原地区懇談会の会合に出席して、同会合に出席していた約三〇ないし四〇名の選挙人の前に並んで立ち、被告において、中原地区懇談会から中原地区の候補者に推薦されたことに感謝の意を表するとともに、当選後は中原地区の窓口となって働く意欲のあることを披瀝して、被告への支援を懇請する趣旨の挨拶をし、さらに、花子において、同人の母乙山ハナとともに茶菓子を提供して出席者の接待をした。

2 被告は、突然立候補を決意した新人で、知名度も地盤もなく、後援会もなかったので、まず、身近の親戚、市役所の職員、知人等の家を訪問して退職の挨拶をすることにより、選挙の際の被告への投票や支援を得ようとして、そのことを花子と話し合ったうえ、同月七日ころから同月一一日ころまでの間に、花子とともに、選挙人である花子の親戚の家五軒を順次戸別訪問して、乙山タケ、戊原ウメらと会い、三鷹市役所を退職したがこれからもよろしくと言って挨拶をした。また、被告は、同月一二日の夜、花子とともに、選挙人である市役所職員と知人の家一一軒を順次戸別訪問して、このうち戊田秋夫と甲田冬子については、被告と花子の両名で会い、そのほかは被告だけが相手に会って、同様の挨拶をした。

3 花子が挨拶をした乙山タケ、戊原ウメ、戊田秋夫及び甲田冬子は、いずれも、被告が本件選挙に立候補するため三鷹市役所を退職したものであることを知っていたので、被告と花子の挨拶が本件選挙の際の被告への投票及び投票の取りまとめを依頼する趣旨であるものと了解したうえで応対した。

《証拠略》中には、同年三月一一日の中原地区懇談会の会合は、中原地区の推薦候補者を決定するために開かれたものであって、被告は、その席で、出席者に対し推薦方を要請したものであり、同月七日ころから同月一一日ころまでの間の親戚の家への訪問や、同月一二日の市役所職員や知人の家への訪問は、もっぱら退職の挨拶をする意思で行ったものであるとの趣旨を述べる部分があるが、いずれも前記各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  公職選挙法二五一条の二第一項四号に規定する「選挙運動」とは、特定の選挙につき、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得さしめるために直接又は間接に必要かつ有利な行為をいうものと解すべきであり、具体的にある行為が選挙運動に当たるかどうかは、その行為の名目だけでなく、その行為のなされた時期、場所、方法、対象等を総合的に観察し、それが特定の候補者の当選を図る目的意思を伴う行為であるかどうか、またそれが特定の候補者のための投票獲得に直接又は間接に必要かつ有利な行為であるかどうかを、実質に即して判断すべきものである。

右認定の事実によれば、被告と花子は、本件選挙の行われる直前の平成七年三月一一日、中原地区の推薦候補者の発表と挨拶を目的に招集された中原地区懇談会の会合に出席し、出席していた約三〇ないし四〇名の選挙人の前に並んで立ち、被告において、中原地区の候補者に推薦されたことに感謝の意を表するとともに、当選後は中原地区の窓口となって働く意欲のあることを披瀝して、被告への支援を懇請する趣旨の挨拶をし、さらに、花子において、右選挙人に対して茶菓子の接待をしているのであるから、花子の右行為は、本件選挙における被告の当選を目的として、同選挙の際の被告への投票及び投票の取りまとめを依頼したものにほかならず、選挙運動に当たるものというべきである。また、花子は、被告が、同月七日ころから同月一一日ころまでの間に選挙人である花子の親戚の家五軒を、同月一二日の夜に選挙人である市役所職員や知人の家一一軒をそれぞれ戸別訪問して、三鷹市役所を退職したがこれからもよろしくとの趣旨の挨拶をするのに同行して、乙山タケらに対しては花子自身も同様の挨拶をしているが、被告自身がその本人尋問において、被告程度の地位と在職年数の市役所職員が上司、同僚、知人等の家を夜間夫婦で戸別訪問までして退職の挨拶をした例を知らないと述べているとおり、退職の挨拶としては全く異例のことであって、その行為のなされた時期、場所、方法、対象等を総合的に観察すれば、花子及び被告の右各行為は、退職の挨拶の名目でなされてはいるものの、本件選挙における被告の当選を目的として、同選挙の際に被告への投票及び投票の取りまとめを依頼する趣旨でしたものと認められるから、花子の右各行為もまた選挙運動に当たるものというべきである。

そして、右認定事実によれば、被告と花子は、中原地区懇談会の会合や親戚等への挨拶に同行し、相互に相手方の行為の意味を了解し合って右各選挙運動をしたものと認められるから、両者は、公職選挙法二五一条の二第一項四号にいう「意思を通じて選挙運動をしたもの」に該当することが明らかであるというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 小林 亘 裁判官 滝沢孝臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例